新宿三丁目新聞編集長のGENTAです。前作では、新宿三丁目に芸術が根付いた理由を、宿場町の構造、新宿御苑の余白、花園神社の場の力、映画館や書店の存在から紐解いた。今回はその続編として「食」に焦点を当てたい。なぜこの街の食は、単なる飲食ではなく文化として残り続けているのか。宿場町として始まり、人が流れ、芸術が根付いた街には、必ず味の記憶がある。三丁目の食は、江戸から令和まで積み重なった時間そのものだ。追分だんご、天兼、中村屋、どん底、そして内藤とうがらし。最強布陣で、三丁目の食文化を辿る。
宿場町のもてなしが生んだ甘味文化
内藤新宿は「新しい宿」として誕生した宿場町だった。旅人を迎え、送り出す場所には、必ず甘味が生まれる。追分だんご本舗はその象徴だ。街道沿いで団子を売るという行為は、ただ腹を満たすためではない。ひと息つき、会話が生まれ、記憶が残る時間をつくるためのものだ。今回の新宿各地の写真撮影もまずは追分だんごを数本購入し、信号待ちなどの休憩に小腹を満たしながらの撮影でしたよ。団子という素朴な甘味は、江戸の庶民文化の延長線上にある。三丁目の甘味は観光土産ではなく、日常の延長だ。

食べることは、この街に滞在することそのものだった。
今回の各地の写真撮影を追分宿場町のDNAは、今も暖簾の奥に息づいている。三丁目の食文化は、まず「もてなし」から始まっている。
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明治の職人文化を守る天兼
三丁目のど真ん中に佇む天兼は、明治創業の天ぷら店だ。新宿三丁目新聞は残念ながら高級が故にまだお邪魔した事がありません・・・(汗)外観の静けさと木の格子は、都市の喧騒とは別の時間を感じさせる。天ぷらは江戸前文化の代表格であり、職人技そのものだ。油の温度、衣の薄さ、揚げの瞬間。その積み重ねが味をつくる。芸術と同じく、技術と時間の蓄積が価値になる世界だ。

芸術の街には、必ず本物の職人がいる。
天兼はその証明だ。三丁目が文化を語れる街であるのは、こうした職人文化が途切れずに続いているからだ。食は作品であり、カウンターは舞台でもある。どなた「わたしを天兼に連れて行って。」
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モダン都市と異文化受容の象徴・中村屋
1927年創業の中村屋は、三丁目の食を語るうえで欠かせない。インドカリーを広めた店として知られるが、その背景には「異文化を受け入れる都市」の姿がある。新宿は宿場町として流動を受け入れ、近代以降は鉄道によってさらに拡張した。外から来た文化を拒まない土壌があったからこそ、異国の味は街に根付いた。アカシアのロールキャベツのような洋食文化も同様だ。昭和の都市の憧れが、三丁目には残っている。


三丁目の食は、保守ではなく受容によって進化してきた。
中村屋はその象徴だ。味の歴史は、そのまま都市の歴史でもある。本日のランチは歴史をいただいてきました。
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戦後文化人が集ったどん底と喫茶の時間
戦後の新宿は、混沌と再生の街だった。どん底は文化人が集った酒場として知られる。芸術家や作家が語り合い、思想を交わした場所だ。酒場は単なる飲食空間ではない。議論が生まれ、物語が生まれる場だ。らんぶるのような純喫茶も同じ役割を担ってきた。コーヒー一杯の時間が、創作の種を育てる。


芸術が根付いた街には、必ず語り合う食卓がある。
三丁目の食は、胃袋だけでなく言葉を満たしてきた。ちなみに今回の記事はらんぶるさんにお邪魔して書いております。
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土地の記憶を取り戻す内藤とうがらし
そして忘れてはならないのが内藤とうがらしだ。江戸時代に内藤新宿周辺で栽培されていた伝統野菜が、現代に復活した。関連記事にもありますが、わたしは恥ずかしながら、2022年にユニクロ様とコラボ商品を販売した際に、内藤とうがらしの地域開発プロデューサー成田重行様をご紹介いただき初めて知りました。これは単なる食材の再生ではない。土地の歴史を掘り起こし、再び生活に取り戻す行為だ。芸術が過去を再編集する営みなら、食もまた同じだ。とうがらしの赤は、この街の時間の色でもある。

食は記憶を継承する表現である。
三丁目の食文化は、江戸、明治、大正、戦後、そして令和へと積層している。だからこそ、芸術と同じく深い。
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新宿三丁目は怖い街ではない。百年以上の時間が、味となって残っている街だ。次に三丁目を歩くときは、ネオンではなく暖簾を見てほしい。その奥に、この街の本当の歴史がある。









