【第二部】「辞めようと思ったのよ。」──光の裏で削れていった時間

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頼られることで保っていた均衡

新宿三丁目新聞編集長のGENTAです。
第一部では、日出郎の誕生の話を聞きましたが、日出郎の光の裏側も知りたくなりました。

多忙を極める中、世間とのギャップも生じる中、誰かに相談したり、肩を借りたり、恋仲の男性はいなかったんですか?

わたしはね、人に頼らないの。頼られる方が好き。

ある日、お店で酔い潰れた常連客の後輩を家に泊めたことから始まった半同棲生活。やがて彼は海外へ渡り、帰国後には女性を伴って戻ってくる。そこから奇妙な三人生活が始まる。

性的関係はなかったのよ。でもね、長い間好きだったのは彼くらいかもしれない?

それ、しんどくなかったですか?好きな人の彼女と生活するんですよね?

頼ってくるから、支えるつもりだったけど、今思えばね、自分が削れてたのかもしれない。

頼られることが、存在の証明だったのかもしれない。でもその分、どこかで無理をしていた。

「キャラクター」になっていく自分

第一部ではブレイクの瞬間を聞いた。だが、その後の時間の方が長い。

日出郎と呼ばれると、自分じゃなくなる様に思える時があった。

テレビの世界では、「日出郎」というキャラクターが先に歩き出す。番組ごとに求められる立ち位置。コメントの役割。笑いのタイミング。それはプロの現場だから当然だ。だが、その期待に応え続けることは、少しずつ自分を薄くしていく。

悪いことじゃないのよ。でもね、「日出郎」をやってる感覚はあったわ。

ここは第一部とは違う揺れだ。面白いかどうかではない。「自分の実感」と「求められる役割」の間のズレ。売れているからこそ、軽くは扱われない。求められる。責任が生まれる。

「辞めようと思ったのよ。」

もう、日出郎を辞めようと思ったの。

30歳を迎えようとするデビューから10年目を迎えようとする頃、レギュラー番組が10本も抱えながらも、冗談ではなく、本気で思う事が多くあったという。そんな覚悟でアメリカに渡り、本場のドラァグクイーン文化を目の当たりにする。

芸よ。あれは芸。わたしは努力して練習して上手くなるものが欲しかった。

テレビの瞬発力ではなく、積み上げていく芸。この言葉は、第一部で聞いた「認められる存在」という話ともどこか繋がっていた。

手放せなかったもの

でも結局、戻ってきた。笑。

わたしがそう言うと、笑う。

そうよ。完全には捨てられなかったのかな?日出郎を。

十八歳で与えられた名前。父との選択で守った名前。

結局ね、わたしは日出郎なのよ。

揺れても、削れても、続ける側に戻ってきた人。第二部は、誕生ではなく、「揺らぎを抱えたまま続けた時間」の話だった。

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