新宿三丁目新聞編集長のGENTAです。
先日、日出郎さんの取材を終えた帰り際、「guppyの26周年イベントにゲスト出演するのよ。」と言われた。年齢は准さんの方が一つ下だけれど、全国を一緒に営業で回った思い出があるから、勝手に同期のような気がしているという。26周年はお邪魔しますが、よろしくお願いします、と。その言葉を携えて、今回、わたしは新宿三丁目のguppyを訪れ、guppyのオーナー吞奈准さん、キャストの紗智華凛さんにお話を伺わせていただける事となりました。

26周年・・・。ショーパブという業態で26年続くこと。それがどれほど特異なことかは、街を歩けばすぐにわかる。
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新宿に残るのは三軒だけ

現在、新宿でニューハーフショーパブと呼べる店は「白い部屋」「ひげガール」、そしてguppyの三軒のみだという。東京都まで広げても、思い出せるのは銀座の笑座こんぱるくらい。かつて六本木に数多く存在したショーパブは、いまや一軒も残っていない。コロナ禍で客足が遠のき、閉店に追い込まれた店も多い。それは事実だ。だが准さんは、もうひとつの理由を挙げた。
お客様だけじゃないのよ。ニューハーフ自体が、この世界から遠のいているの。
この視点は、とても興味深く、そして納得させられた。
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わざわざ選ばない時代

わたしたちの頃はね、テレビでニューハーフが華やかな世界で舞う姿やトーク番組を見て、憧れてこの世界に入るのが普通だったと思うの。
准さんはそう語る。男の子なのに、キラキラした女性アイドルに憧れ、ショーパブの世界に飛び込む。それはある種の王道だった。いまネットフリックスで話題の作品のように、幼少期からステージに憧れ、自分の表現を追い求める物語。それがショーパブには確かにあった。しかし現在は違う。
いまは、ショーパブに入らなくても働ける職場がたくさんあるの。だから、わざわざこの世界を選ばないのよ。
ニューハーフという存在の職業選択肢は広がった。一般的なオフィスワークはもちろん、美容、接客、SNS、メディア。表現の場は増えた。その結果、厳しい稽古と営業と体力勝負が求められるショーパブは、「アルバイト感覚」で週に数回出演するゲストのような立ち位置のショーガールが増えているという。
本来は、かなり根性が座っていないと続けられない世界です。
華やかな照明の裏側にあるのは、継続する覚悟だ。
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需要は消えていない

先日、新規のニューハーフのお客様が来店し、「ニューハーフのショーを初めて見ました」と言ったという。「驚きじゃない?」と准さんは笑う。かつて憧れの象徴だったショーは、いまや「初体験」の文化になっている。それは衰退なのか、それとも再定義の入口なのか。准さんはこうも語った。
世間から求められているのは、ニューハーフよりドラァグクイーンの方が高い気がする。
全国営業の形態、クラブイベント、メディア露出。たしかにいまはドラァグクイーンの存在感が強い。かつてニューハーフが担っていた色物的な役割や派手さは、ドラァグクイーンに移行しているようにも見える。だが准さんは、需要はまだあると断言する。インバウンドへの発信。海外客へのアプローチ。やるべきことは多い。
これからもお客様のそばに寄り添い楽しんでいただきたい。
これからも一生懸命にダンスを覚えて、お客様と一緒にお酒を飲んで頑張りたいです。
その言葉は軽やかで、そして重い。26年続いた理由は、ここにあるのかもしれない。後編では、ショーパブの面白さ、そしてguppyがこれからも続けられる理由について掘り下げる。









