【前編】2026年12月22日オープン!かつお節と人の縁が導いた地下の小さな楽園

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常に変化の絶えぬ飽きの来ない新宿三丁目ですが、紀伊国屋書店の地下にある飲食街には最近行かれましたか?

新宿三丁目・節丸がここにある理由

新宿三丁目・紀伊国屋書店地下。人気店がひしめくこの一角は「新宿三丁目地下の小さな楽園」とも呼ばれている。

新宿三丁目の紀伊國屋書店地下には、知る人ぞ知る飲食店街がある。人気店が肩を並べ、昼も夜も人の流れが絶えないこの一角は、「三丁目地下の小さな食の楽園」と呼ばれることもある。この場所に店を構えたのが 節丸 だ。削りたてのかつお節と出汁を軸に据えたこの店は、流行や派手さとは少し距離を置いた存在に見える。しかし、その立地も、店の成り立ちも、実はとても人間的だ。

偶然から始まった、必然の立地

この場所を選んだ理由は、最初から決まっていたわけではない。たまたま目にしたテナント募集。実は当初、先約があったもののキャンセルとなり、空きが出た。そこに人のつながりが重なり、話が進み、節丸はこの地下街に根を下ろすことになった。素材選びも、人との出会いも、店づくりの過程も、すべてが「縁」でつながっている。節丸は、最初からそういう店だった。

「かつお節を食べる」という発想

古来の日本人のように、「かつお節を食べる」という体験を、いま一度まっすぐ提示したい。その思想が、節丸の根底にある。

取材をさせていただいた節丸のブランド開発マネージャー中西氏はこうおっしゃいました。もしかしたら、日本人にとって、かつお節や出汁はあまりにも当たり前の存在。でも、その当たり前さが、味への感度を鈍らせているのかもしれませんね。

地方と人を歩いてきたから見えたもの

中西さんは、これまで和歌山県で地方創生事業や道の駅運営に携わり、現在は北海道で害獣対策やキャンプ場運営といった、市からの委託事業にも関わっている。共通しているのは、土地に入り、人と向き合い、その土地にある価値を掘り起こす仕事だ。

ブランド開発マネージャー・中西剛史さん。地方と人を繋ぐ仕事を経て、節丸の思想を形にしている。

コロナ禍をきっかけに、「これまでとはまったく違う形態のラーメン屋をやりたい」と考え、徹底的に食べ歩いた。大勝軒、家系、二郎系。そこで行き着いたのが、千葉県の竹岡式ラーメンだった。

引き算の末に残った、かつお節

足すのではなく、削ぎ落す。その末にたどり着いたのが、かつお節に特化した出汁だった。

竹岡式をリブランドしようと試作を重ねるなかで、気づいたことがある。「足せば足すほど、味は濁る。」最終的に残ったのは、かつお節に特化した「出汁のみ」という答えだった。そこから節丸は、ラーメン屋という枠を超え、かつお節を主役にした飲食店へと舵を切る。

富山、北海道、京都、和歌山、兵庫、鹿児島。人のつながりを頼りに各地を訪ね、試食し、話を聞き、納得したものだけを集めていった。なかでも、鹿児島県枕崎市のかつお節、京都府南丹市の出汁、兵庫県姫路市の卵「夢王」との出会いは、節丸の二枚看板を生み出す決定打となった。

節丸は、素材でも、立地でも、人でも、「縁」でできている店だ。次回は、その思想がどのように料理として立ち上がっているのか。実際に食べ、体験したことを書いていきたい。

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